【まるで別人】森永卓郎の闘病前〜激痩せした最近まで比較!病歴は?何がんだったの?(画像23枚)

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【森永卓郎の激痩せ変化】闘病からの訃報(概要)

 経済アナリストとして格差社会を鋭く批判し、テレビやラジオでも活躍した独協大学教授の森永卓郎(もりなが・たくろう)さんが28日、原発不明がんで死去した。67歳だった。家族葬を執り行う予定。
 東大卒業後、1980年に日本専売公社(現JT)に入り、経済企画庁(現内閣府)出向などを経て、91年に三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に。2001年に就任した自民党の小泉純一郎首相による構造改革に異を唱え、非正規雇用の拡大などを批判した。「年収300万円時代を生き抜く経済学」はベストセラーになった。
 デフレ脱却に向けて、早くから金融緩和と財政出動が重要だと主張。自民党の安倍政権による「アベノミクス」でそうした政策が推し進められたが、実質賃金が減ったことなどを問題視し、内部留保をため込む大企業や、消費税の増税を進めた財務省への批判を強めた。
 富裕層がさらに豊かになって貧困層がふくらむ経済のあり方に、警鐘を鳴らし続けた。多数の著作やテレビでの軽妙な語り口を通して、「モリタク」の愛称でお茶の間にも親しまれた。
 ミニカーなどの収集家や牛丼研究家としても知られた。23年末にがんを公表後も精力的に活動を続けていた。出典:朝日新聞(2025年1月27日23:46)

【森永卓郎の激痩せ変化】公表されていた病歴

2009年1月:糖尿病(後に克服)

森永卓郎さんは、2009年1月に「余命6カ月」と宣告された糖尿病を克服した経験の持ち主です。

糖質まみれで太ってしまったことが原因で、余命6カ月3カ月以内に失明するとお医者さんから言われたと語っています。

余命6ヶ月の宣告からどうやって克服したの?

克服した方法は、なんとライザップ(トレーニングジム)です。

CMでの体系の変化が記憶に残っている方も多いはず。

当時は「ダイエットしたのか…」と呑気に思っていたけれど、まさに命懸けの挑戦だったんだ!

結果、2カ月半後には血糖値などが正常値になったそうです。

森永卓郎さんの糖尿病克服のポイント

「健康の秘けつは適度な運動と腹八分目の節制した食事」
・ライザップによる
・糖質制限(ご飯、パン、麺、スイーツNG)

2023年11月:すい臓がん(ステージ4)を発見

森永卓郎さんは、2023年12月27日に自らの膵臓がんについて公表しました。

2023年11月に人間ドックを受け、膵臓がんと診断されたそうです。

糖尿病克服後も定期的に受診していた検査で体重減少を指摘され、確かに普段より4~5キロ落ちていたことが、人間ドック受診のきっかけとのこと。

そこで、医師から膵臓がん(ステージⅣ)を告げられるも信じきれず、森永卓郎さんはセカンドオピニオン・さらにはサードオピニオンを取ります。

それでも結果は変わらず、先生たちが口を揃えたのは「膵臓がんのステージIV」という結論だったと語っています。

2024年1月29日:原因不明がんと訂正

森永卓郎さんは、2024年1月29日に生出演した文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」内で、原因不明のがんであったと発表しました。

文化放送のスタジオ入り前に病院受診をし、検査の結果、どこにがんがあるか分からない「原因不明のがん」であったことを報告しました。

原因不明のがんについては、長男のYouTubeチャンネル「森永康平のリアル経済学」にて語られています。(23:00ごろ)

この記事を書いた人

2歳男児の母|都内不動産で働くワーママ|横浜在住
築古マンションをフルリノベーションし居住開始。子どもの鉄道好きをきっかけに電車に詳しくなりました。子育て、お得、ワーママに役立つ情報を発信していきます。

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